「やるか、やらないか」「言うべきか、黙るべきか」。
私たちは日々、無数の“迷い”の中で生きています。
その迷いを表す言葉としてよく使われるのが「逡巡(しゅんじゅん)」と「躊躇(ちゅうちょ)」です。
どちらも「ためらう」ことを意味しますが、実は心の動きに微妙な差があります。
たとえば、
・会議で提案すべきか頭の中でぐるぐる考えているとき
・言おうと思ったのに、口を開く瞬間に止まってしまうとき
この2つの「ためらい」は、同じように見えてまったく違う心の状態なのです。
この記事では、その違いを「言葉」「心理」「ビジネス表現」の3つの角度からわかりやすく整理していきます。
「逡巡」とは?|“思考の中で立ち止まる”ためらい
意味
「逡巡」とは、あれこれ考えをめぐらせて決めきれない状態を指します。
心の中に葛藤があり、「どうするべきか」を何度も反芻しているようなイメージです。
例文:
・提案を前に、彼はしばらく逡巡した。
・信頼を裏切るような行動に、彼女は逡巡を隠せなかった。
ここでの「逡巡」は、思考の中で迷う様子を表します。
外から見える行動よりも、頭の中での“止まった思考”に焦点があります。
語源
「逡」は“しりごみする”、“後ずさりする”。
「巡」は“めぐる”。
つまり「逡巡」とは、“その場をうろうろしながら決められない”心理状態を表しています。
「躊躇」とは?|“行動の手が止まる”ためらい
意味
「躊躇」は、行動を起こす直前でためらう様子を表します。
考えすぎて動けないというより、一歩を踏み出す瞬間にブレーキがかかる感覚です。
例文:
・彼女は扉の前で躊躇した。
・発言のタイミングを見失い、躊躇してしまった。
このように「躊躇」は、行動の寸前で足が止まる印象を与えます。
心の中ではもう決まっているのに、身体がついてこない状態です。
語源
「躊」も「躇」も、“ためらう・足を止める”という意味の漢字。
二つを重ねて使うことで、「強調」のニュアンスになります。
「逡巡」と「躊躇」の違いを整理
| 観点 | 逡巡(しゅんじゅん) | 躊躇(ちゅうちょ) |
|---|---|---|
| 意味 | 思考の中で迷う | 行動をためらう |
| 状態 | 内面的な葛藤 | 行動の停止 |
| 焦点 | 頭(思考) | 足(行動) |
| ニュアンス | 慎重・思慮深い | 不安・恐れ・迷い |
| 使われる場面 | 会議・意思決定・心理描写 | 告白・決断・行動直前 |
たとえば、
・新規事業の提案をするか迷っている → 逡巡
・実際にプレゼンを始めようとして止まる → 躊躇
このように使い分けると、文章の印象がぐっと洗練されます。
ビジネスでの使い分け方
メール・報告書の場合
- 「逡巡しております」 → 慎重に検討している印象(ポジティブ)
- 「躊躇しております」 → リスクを考慮して一歩を止めている印象
どちらも否定的な意味ではなく、誠実に判断している姿勢を伝えられます。
マネジメント視点での違い
・部下が「逡巡している」:考えが整理できていない状態
・部下が「躊躇している」:決断はあるが行動に自信がない状態
相手の“ためらいの種類”を見抜くことで、かけるべき言葉も変わってきます。
心理学的に見る“ためらい”の構造
心理学では、
- 逡巡:認知的葛藤(cognitive conflict)
- 躊躇:行動抑制(behavioral inhibition)
として区別されます。
逡巡は「選択肢を頭の中で比較している段階」、
躊躇は「決めたあとに行動できず止まっている段階」。
この違いを意識すると、自己分析や意思決定の精度も上がります。
使い分けのコツ|「逡巡」は“脳”、 「躊躇」は“体”
感覚的に言えば、
・「逡巡」=頭の中で立ち止まる
・「躊躇」=体が止まる
小説・スピーチ・メール──どんな場面でも、
この感覚をつかむだけで文章の深みがまるで違ってきます。


まとめ:「ためらい」には段階がある
| 段階 | 状態 | 適切な言葉 |
|---|---|---|
| ① 考えの段階で迷う | 判断が定まらない | 逡巡 |
| ② 行動の段階で止まる | 決断しても動けない | 躊躇 |
「逡巡」は知的で慎重な印象を、
「躊躇」は人間味のある温かさを与えます。
両者を意識して使い分けることで、言葉に深みと説得力が生まれます。
心の迷いは、言葉で整理できる
人は誰しも、逡巡し、躊躇しながら前に進んでいます。
この違いを知ることは、自分の心の動きを正確に見つめることでもあります。
言葉の違いを理解することは、思考の整理そのもの。
その積み重ねが、豊かな語彙と深い思考力を育てていきます。
参考・出典
- 『広辞苑 第七版』(岩波書店)
- 『日本国語大辞典』(小学館)
- 文化庁「国語施策情報システム」



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