会議の議事録や報告書で「懸念事項」「懸案事項」という表現を目にすることは多いでしょう。
しかし、両者の違いを明確に説明できる人は意外と少ないものです。
どちらも「問題」や「課題」を連想させますが、その焦点はまったく異なります。
たった一文字の違いが、報告の受け止め方や意思決定のスピードを左右することもあります。
本記事では、「懸念」と「懸案」を正確に理解し、誤解のない報告・信頼される文書を書くための使い分けを解説します。
「懸念」と「懸案」──意味の本質
- 懸念(けねん):心配・不安・危惧など、心理的な不安や感情的な問題を指す。
- 懸案(けんあん):未解決の課題・案件など、現実に存在する事実的な問題を指す。
言い換えれば、
懸念=心の中の問題、
懸案=現実に存在する問題です。
「納期遅れが懸念される」=まだ起きていないが心配している。
「納期遅れが懸案事項だ」=すでに課題として認識されている。
このように、懸念は未来志向の不安、懸案は現在進行中の課題という違いがあります。
語源から読み解くニュアンスの違い
「懸念」は「懸(かける)」+「念(おもい)」で、“心に思いをかける”という意味。
つまり、「気にかけて不安を覚える」状態を指します。
一方「懸案」は「懸(かける)」+「案(あん)」で、“宙に浮いたままの案件”という意味。
言い換えると、まだ結論が出ていない議題や課題を表します。
心理的な「重さ」を持つのが懸念、
実務的な「重さ」を持つのが懸案。
この差を理解すると、文書の精度が格段に上がります。
実例で理解する「懸念」と「懸案」
| 場面 | 懸念(心理的) | 懸案(実務的) |
|---|---|---|
| プロジェクト進行 | 人員不足が進行に影響を与えることを懸念している。 | 人員確保が長期的な懸案事項となっている。 |
| 品質管理 | 品質劣化が懸念される。 | 品質安定化が未解決の懸案として残っている。 |
| 経営会議 | コスト増が経営を圧迫する懸念がある。 | 物流コストの抑制は取締役会の懸案である。 |
懸念は“予兆を心配する段階”、懸案は“課題として認識されている段階”。
報告や議事録では、「今、どの段階の話をしているのか」を明確にすることが重要です。
実務で迷わない使い分けポイント
- 確定度で判断する: まだ起きていないこと=懸念/すでに問題化していること=懸案
- 感情と事実のどちらを伝えるか: 心理的・予測的な不安→懸念/現実的・構造的な課題→懸案
- 誤用注意:「懸案される」は誤り。正しくは「懸念される」または「懸案となっている」。
ビジネス文書での実用例
懸念(心理的・予測的)
- 今期の受注減少が業績に影響を及ぼす懸念がある。
- 新制度導入で一部部門に混乱が生じる懸念がある。
- 現場の安全意識の低下を懸念している。
懸案(具体的・継続的)
- 予算配分の見直しは長年の懸案事項だ。
- 新工場建設は地域との調整が必要な懸案となっている。
- 人事制度改革の懸案が次年度まで持ち越された。
「懸念事項」と「懸案事項」の違いを明確に
| 表現 | 意味 | 使用シーン |
|---|---|---|
| 懸念事項 | 将来への不安・リスク要因 | リスク管理・予測レポート |
| 懸案事項 | 解決すべき課題・未完了タスク | プロジェクト・経営報告 |
「契約遅延が懸念事項」=まだ起きていないリスク。
「契約条件見直しが懸案事項」=既に課題化している問題。
同じ“事項”でも、時間軸と確定度が異なります。
懸念=心の予防線、懸案=現場の課題リストとして整理しましょう。
よくある誤用と正しい言い換え
- ❌ 納期遅れが懸案される → ✅ 納期遅れが懸念される
- ❌ コスト削減が懸念事項です → ✅ コスト削減が懸案事項です
- ❌ 社員のモチベ低下が懸案 → ✅ 社員のモチベ低下が懸念
使い分けチェックリスト
- 未発生のリスク → 懸念
- 認識済みの課題 → 懸案
- 「懸案される」は誤り
- 章立てでは「懸念事項」と「懸案事項」を分離
- 発表時:「懸念の払拭」「懸案の進捗」で表現を使い分ける


まとめ:言葉の精度は“信頼の精度”
「懸念」と「懸案」は、どちらも問題を扱う言葉ですが、
前者は感情的リスク、後者は構造的リスクを指します。
この違いを正しく使い分けると、報告書のトーンが変わり、
あなたの言葉が「曖昧な説明」から「信頼される報告」に変わります。
言葉を整えることは、思考を整えること。
正しい日本語の使い分けは、組織の知的水準を映す鏡です。
出典・参考資料
- 『三省堂 大辞林』
- 『岩波国語辞典』
- ビジネス実務文書検定公式テキスト
- 官公庁・自治体公文書(懸案事項の用例)
- 企業IR資料(懸念リスク・課題報告の比較分析)


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